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2014-11-23 [初野 晴]

 初野 晴さんの「千年ジュリエット」を読了。
 ーコンクールを終えたチカとハルタ達吹奏楽部の次の舞台は文化祭。だが、チカとハルタが憧れる草壁先生に女性の来客が。草壁の恩師の孫娘だという彼女が持って来た謎とは……。ー
 文化祭という一大イベントを控えてざわつく学校という、独特の雰囲気がなつかしく思える。
 「エデンの谷」は、草壁の恩師の孫娘である真琴が持ち込んだ謎。祖父が遺した高価なピアノの鍵を探すこと。類いまれなる音楽センスを持ちながらピアニストにならなかった真琴と、同じく指揮者にならなかった草壁。吹奏楽部で音楽に親しんでいるチカ達に、真琴は「音楽で食べてゆくこと」の厳しさを語るが、まさにその通りだと思う。好きの延長だったり周囲より技術があるからと音大に進んでも、卒業する時には自分が進む道が閉ざされる厳しさ。果たして草壁に何があって高校の吹奏楽部顧問になったのか非常に気になるが、ピアノの鍵の謎もなかなか面白かった。
 「失踪ヘビーロッカー」は今作品の中で一番笑えるお話。タイトルもとても巧いなと思う。甲田君の機転の利かせ方も良かったが、タクシーの運転手さんが面白い。彼は意外なところで再登場して驚いた。キャラクターの使い方が本当に巧いなと思う。
 「決闘戯曲」は演劇のお話。西部開拓時代、第一次世界大戦時代、そして現代。決闘を生き残った一族の物語だが、彼等は皆右目が見えず、左手が使えないという共通点があった。絶望的に不利な状況なのに生き残れたのは何故なのか。真相を知ると「ああ、そうか!」と思うが、全く思いつかなかった。
 表題作である「千年ジュリエット」は実に切ないお話だ。「ジュリエットの秘書」という恋愛相談のサイトを立ち上げた女性達。年齢も職業も様々な彼女達がいる場所は病院だ。残された時間の少なさを知る彼女達は、サイトに寄せられた相談事に答えることを楽しみにしていた。そして「私」はかつて病院に慰問に来てくれたサックス奏者の少年に会う為に、高校の文化祭を訪れる。
 この本に収められている作品はどれも「誰かに残すもの」だ。祖父から孫へ、先輩から後輩へ、父から子へ、そして死に逝く者から生きる者へ。千年経ってもなくならないものは、寿命のある人間が目にすることはできない。しかし、何かを受け継いで歩き出す者は必ずいるのだ。顔を上げて歩き出す人の姿を見ることができて、悲しかったけれど読後感はとても良かった。

千年ジュリエット (角川文庫)

千年ジュリエット (角川文庫)

  • 作者: 初野 晴
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2013/11/22
  • メディア: 文庫



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2014-10-26 [初野 晴]

 初野晴さんの「空想オルガン」を読了。
 ー廃部寸前の吹奏楽部を立て直し、吹奏楽の甲子園と呼ばれる普門館出場を目指すチカとハルタ。いよいよコンクールに出場する。だが、そんな大事な時期にハルタの様子がおかしい。なんとハルタが暮らすアパートが取り壊され、彼は住居を失っていたのだ。顧問の草壁先生に対する恋のライバルでもあるチカは、数日なら泊めてもいいという草壁の言葉に猛反発して新居を探し始めるが……。ー
 ハルチカシリーズ3作目。吹奏楽部のメンバーもなんとか揃い、元々実力者が多かった所為か(チカを除く)、するすると地区大会を突破する。私自身、中学生時代に吹奏楽部だったので、コンクールがある夏休みのキツさはよく覚えている。本番前に体育館で練習する時には楽器の他に椅子も運び、譜面台も運び、運動部並みのキツさだった。コンクール当日も楽器搬入での時間との闘いや緊張感などを思い出して懐かしく思えた。残念だったのは肝心の演奏部分の描写がまったくなかったことか。
 今作はハルタの新居探しである「ヴァナキュラー・モダニズム」がミステリとして一番面白かった。アパートの名前の由来から幽霊話、相続税ときて究極の建物。まさにあっと驚く展開だった。ハルタはそこに住んだのだろうか。楽器の練習ができる防音完備というのは羨ましい。
 「十の秘密」は痛々しいながらも甘酸っぱい青春小説。「ギャルバン」と呼ばれる清新女子高吹奏楽部が登場。全員がギャル風メイクで近寄り難い。だが、彼女達の結束はとても強い。果たしてあそこまで1人の為に尽くすことができるのか。きっと卒業しても彼女達の友情は一生続くのだろう。しかし、遠野さんの才能は凄い。
 表題作の「空想オルガン」では、チカ達に絡んでいた渡邉が登場。彼の生業に驚いた。芹澤さんもようやく「年老いた馬」の呪いから解放されたようでもある。オルガンという言葉のもう1つの意味を初めて知った。このシリーズは学生達だけで物語が収束するのではなく、外の世界の大人達が絡んでくるため、世界が広がって面白いなと思う。

空想オルガン (角川文庫)

空想オルガン (角川文庫)

  • 作者: 初野 晴
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2012/07/25
  • メディア: 文庫



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2014-10-04 [初野 晴]

 初野 晴さんの「初恋ソムリエ」を読了。
 ー廃部寸前の吹奏楽部を立て直し、吹奏楽の甲子園「普門館」を目指すチカとハルタ。吹奏楽経験者達に降り掛る謎を解き明かして部員を増やしていくが、音楽エリートとして育った芹澤直子にはにべもなく断られ続けていた。ある日、芹澤の伯母が高校にやって来る。「初恋研究会」という名のクラブに招待されたのだという。彼女の初恋に秘められた秘密とは……。ー
 「ハルチカシリーズ」2作目。順調にメンバーを増やしつつある吹奏楽部だが、彼等の前に強敵が立ちはだかる。芹澤直子。国会議員を輩出した地元の名家の令嬢にして、幼少から専門の音楽教育を受け筋金入りのアンチ吹奏楽の少女。クラリネット奏者である彼女を吹奏楽部に勧誘する為に、チカ達は奮闘する。芹澤自身の秘密を明かす「スプリングラフィ」。音楽を目指す彼女にとっては致命的な秘密。家とのしがらみ。高校生が背負うにはなかなかに重い。そして、表題作である「初恋ソムリエ」。人の初恋が本当に「恋」だったのかを鑑定するというおかしなクラブ。だが、直子の伯母が依頼した初恋があまりにも壮絶だった。当時のことは記録でしか知らないが、多感な頃をその渦中で過ごした彼女と彼女を護ろうとしたベンジャントの心情を思うと辛い。
 他の収録作「周波数は77.4MHz」「アスモデウスの視線」もテーマはとても重くて、高校生が解決するのは如何なものかと思うが、大人によって守られている世界である意味好き勝手をしている高校時代に、世界が決してやさしいものではないということを知るのも大切なのだろう。

初恋ソムリエ (角川文庫)

初恋ソムリエ (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
  • 発売日: 2011/07/25
  • メディア: Kindle版



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2014-09-28 [初野 晴]

 初野 晴さんの「退出ゲーム」読了。
 ー廃部寸前の弱小吹奏楽部に所属する穂村チカと上条ハルタ。2人は吹奏楽部の甲子園と呼ばれる「普門館」出場を目指すがメンバーが足りずに悩む。そのうえチカには顧問の草壁先生を巡る片思いの三角関係の悩みまであった。そんな2人に学校の中で起こる数々の謎が降り掛るー
 チカは中学生時代はバレーボール部所属だったので、フルートを始めたのは高校生になってから。一方のハルタはホルン奏者としてかなりの腕前。そんな2人が同じ相手に片思いしている。ハルタは同性である草壁先生に対する片思いなのでかなり不利だが、2人はきちんと「抜け駆けしない」という紳士協定を結んでいる。
 チカとハルタが事件を解決する度に吹奏楽部の部員が増えるという、RPGのような展開だ。だが、彼等が解決する事件は決して軽いものではない。殺人が起こるわけではないが、事件が背負うものは「日常の謎」に振り分けてしまうには重すぎる。だが、作品が重く沈まないのはハルタとチカのキャラクターだろう。ハルタは容姿端麗頭脳明晰だがなんともいえない残念さがあるし、チカの明るくポジティブな姿は読んでいて清々しい。また、発明部や生徒会にマークされる「ブラックリスト十傑」など、学校内に個性豊かな人物が大勢いるため、読むのがとても楽しかった。謎めいた草壁先生など、続きが気になる作品だ。

退出ゲーム (角川文庫)

退出ゲーム (角川文庫)

  • 作者: 初野 晴
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2010/07/24
  • メディア: 文庫



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2014-08-31 [初野 晴]

 初野 晴さんの「水の時計」を読了。
 ー医学的に脳死と診断された少女・葉月。彼女は月明かりの夜に限り、特殊な装置を使って言葉を発することができた。生きることも死ぬこともできない残酷な「時計」の中に閉じ込められた葉月は、自らの臓器を他人に分け与えることによって、「時計」を止める事を望む。その臓器を運ぶ役目を負わされたのは、暴走族に所属していた少年・昴だった。ー
 物語のモチーフはオスカー・ワイルドの「幸福の王子」。宝石を分け与える王子の像が葉月で、ツバメが昴。
 臓器移植を「幸福の王子」になぞらえたのが巧かった。何故葉月が月夜にだけ言葉を発することができるのかは謎だが、彼女は自分の臓器を与える相手を自分と昴によって選びたいと望む。昴には心を病んだ兄がいて、暴走族仲間との軋轢もある。だが、昴は謝礼金目的に臓器の運び屋を引き受け、そして様々な人と出会う。
 母親による代理ミュンヒハウゼン症候群によって目を奪われた幼女、腎移植を求めてブローカーに大金を支払い詐欺にあった女性、「心」の在処を心臓に求めて、敢えて「移植を受けない自由」を選んだ人など、「生きる」ということに直面した人達の話が重い。この物語の主役は紛れもなく彼等なのだろう。
 最終章でようやく葉月自身のことが語られる。それまで断片的にイメージのように現れていた少女が経験したことはあまりにも惨い。「幸福の王子」はサファイアの目を失い、ツバメの死を見る事はなかったが、昴は葉月の時計が止まるまできちんと見届けた。そして彼はその先を歩くことを決めたようである。
 なんとも不思議な雰囲気の小説だったが、もう少し葉月と昴、昴と兄の関係を掘り下げて欲しかったなとも思う。

水の時計 (角川文庫)

水の時計 (角川文庫)

  • 作者: 初野 晴
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2005/08/25
  • メディア: 文庫



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